今井谷村(読み)いまいだにむら

日本歴史地名大系 「今井谷村」の解説

今井谷村
いまいだにむら

[現在地名]津市一身田豊野(いしんでんとよの)

一身田(いつしんでん)村の北方丘陵地にある。丘陵の西端今井村と東端の田端(たばた)村との中間にあって、丘陵裾に集落をなす小村である。慶安郷帳(明大刑博蔵)には「今井・田端・谷村」として一千二二四石(「少塩入所」の注あり)、うち和歌山藩(一千石)と津藩(二二四石)の相給であるが、寛文九年(一六六九)津藩領分は久居藩領となり、これが村高からみて元禄郷帳以後にみられる今井谷村二二四石として分離したものと考えられる。寛延(一七四八―五一)頃の「宗国史」によれば戸数一七、ほかに郷士一、人口七七、馬六とある。


今井谷村
いまいだにむら

[現在地名]桜井市大字今井谷

倉橋(くらはし)村西南の渓谷村落。慶長郷帳の村高二六四・四四石。旗本赤井忠家領。のち赤井家で分知が行われ、明暦元年(一六五五)村高のうち一五〇石が忠正領となる。さらに宝永六年(一七〇九)忠家系で伝えられた一一四・四四石が忠丘に分知された。多武峯寺の裏参道筋にあたり、かつては東垣内(ひがしかいと)・西垣内・北垣内に分れていたというが、享保二〇年(一七三五)の戸数三一である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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