今吉田村(読み)いまよしだむら

日本歴史地名大系 「今吉田村」の解説

今吉田村
いまよしだむら

[現在地名]豊平町今吉田

長笹(ながささ)村の東に位置し、小河内(おがうち)川の最上流域にあたる。北東は阿坂(あざか)、東は鈴張(すずはり)(現広島市安佐北区)、南は小河内(現安佐北区)の諸村に接する。

慶長六年(一六〇一)の検地で高五七七・四五石となり、明知・給知入交じりの村。明和二年(一七六五)より定免四・四五となり、それまでの免は上り詰六・四七六七、下り詰は享保一七年(一七三二)の虫害による凶作の〇・七(国郡志下調書出帳)。農業を主とし、「八歩方も水田勝で、堅田麦蒔地は只弐歩方計り」で、草山二二、腰林一五があるほかに、小河内村内の首切山・引寄山二ヵ所を村内藤社・大釘両地区の百姓が用水代として請山支配した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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