仲胤(読み)ちゅういん

朝日日本歴史人物事典 「仲胤」の解説

仲胤

生年生没年不詳
平安末期の延暦寺の僧。権中納言藤原季仲と賀茂神主成助の娘の子。長治1(1104)年最勝講の問者(講での質問者)に初めてなる。以後,権律師を経て保元1(1156)年に権少僧都に至るが,翌年辞退した。説法名人として,甥の忠春と並び称せられ,様々な法会に招かれた。その説法を聴く人は感涙にむせんだという。また機知に富んだ人物で,『宇治拾遺物語』『古事談』『古今著聞集』などにその言動が説話として残されている。のちに伝説化が進んで,『平家物語』では別人の説法までも仲胤に仮託され伝えられるようになった。容貌が醜かったらしく,同じく醜かった興福寺の僧済円と互いをからかい合っていた様子が『今鏡』に描かれている。

(渡辺晴美)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「仲胤」の解説

仲胤 ちゅういん

?-? 平安時代後期の僧。
藤原季仲(すえなか)の8男。天台宗。保元(ほうげん)元年(1156)権少僧都(ごんのしょうそうず)となるが,翌年辞退する。比叡山(ひえいざん)延暦(えんりゃく)寺の名説法師として知られ,「宇治拾遺(うじしゅうい)物語」「古今著聞集」などにその説話がつたわる。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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