任田郷(読み)とうだごう

日本歴史地名大系 「任田郷」の解説

任田郷
とうだごう

現小松市北部と根上町西任田・五間堂ごけんどうから寺井てらい町東任田に比定される中世の郷。郡家ぐんけ(板津庄)に属し、延文五年(一三六〇)一二月二一日の頼胤等敷地田畠寄進状(大徳寺文書、以下同文書は省略)に「中庄任田郷」とあり、頼胤・盛家父子が尼宗妙に、郷内勝楽しようらく(現小松市)の敷地・田畠等を寄進している。宗妙は長野田ながのだ野田のだ(現小松市)に住み、同村観音堂(のち長福寺)別当職をもっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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