伊予道後温泉碑文(読み)いよどうごおんせんひぶん

改訂新版 世界大百科事典 「伊予道後温泉碑文」の意味・わかりやすい解説

伊予道後温泉碑文 (いよどうごおんせんひぶん)

伊予国(愛媛県)の道後温泉のかたわら,伊佐尓波(いさにわ)の岡にあったという碑の銘文。碑そのものは失われているが,碑文は《伊予国風土記》に載せられていたらしく,その部分を引用した《釈日本紀》《万葉集註釈》などの古書でみることができる。碑文の内容は,建碑のいわれを記した序の部分と,温泉の霊験を賛美した中心部の2部から成る。序では,596年10月,聖徳太子が僧恵慈(恵聡の誤りとする説がある)や葛城臣とこの温泉に遊び,その霊験に感じて碑文を作った旨を述べ,中心部では対句的な修辞を駆使して,温泉を浄土や道教的な神仙境の池になぞらえ,その情景をたたえる。文章は多くの故事をふまえ,駢儷文(べんれいぶん)的な特色をもち,背後に中国六朝時代に作られた温泉碑の類の影響があるとされている。ただこの文が実際に当時のものであるか否かは疑問とする説もある。
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