伊勢原村(読み)いせばらむら

日本歴史地名大系 「伊勢原村」の解説

伊勢原村
いせばらむら

[現在地名]伊勢原市伊勢原いせはら・伊勢原二―四丁目・桜台さくらだい一丁目・同四丁目

北は田中たなか村、西は板戸いたど村に接し、東・南の大竹おおだけ村と村境が錯雑する。大山道・金目観音かなめかんのん道が通る。立と推定される実報院諸国旦那帳(熊野那智大社文書)に「伊勢原町」とみえる。「風土記稿」は、元和六年(一六二〇)伊勢国の住人大竹村の秣場を開墾し、故国を慕って神明社を建立したことから村名が起こったという。寛永一〇年(一六三三)旗本飯河領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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