広島県南西端、広島湾に面した市。1954年(昭和29)大竹、玖波(くば)、小方(おがた)の3町と栗谷(くりたに)村が合併して市制施行。広島湾に沿って、JR山陽本線、国道2号、186号が走り、広島岩国道路の大竹インターチェンジがある。市の中心部は小瀬(おぜ)川(木野(この)川)河口のデルタに発達するが、市域のほとんどは中国山地である。大竹地区は、山陽道の渡船集落として発達し、江戸時代には和紙の町として知られた。明治以降、製紙工業やレーヨン工業が立地し、第二次世界大戦中は海兵団も置かれた。戦後、対岸の岩国市(山口県)と結んで石油コンビナートが立地した。玖波は山陽道に沿う宿駅で、江戸時代の町並みが残る。小瀬川中流には多目的の小瀬川ダムが建設され、その下流に中国地方最大級の弥栄ダム(やさかだむ)が1990年(平成2)に完成し、工業や都市用水を確保している。石油化学や製紙工業にかわる都市型工業の立地が望まれているが、土地のないことが隘路(あいろ)となっている。特産品に手漉(す)き和紙がある。瀬戸内海上の阿多田(あたた)島ではイワシ漁とハマチ、タイ、カキなどの養殖が盛んである。北部の三倉岳(みくらだけ)(702メートル)は、ハイキングやキャンプに適し、県立自然公園となっている。市街地の中心近くにある亀居城跡(かめいじょうあと)はサクラの名所で、本丸跡地から瀬戸内海が望まれる。面積78.66平方キロメートル、人口2万6319(2020)。
[北川建次]
『『大竹市史』全5冊(1960~1970・大竹市)』
広島県西部,山口県境に位置する臨海工業都市。1954年大竹,玖波(くば),小方の3町,栗谷,友和の2村が合体,市制。人口2万8836(2010)。化学繊維,紙・パルプ,石油化学工業を中心とする大企業が小瀬(おぜ)(木野(この))川三角州の新開地に立地し,山口県岩国市と連なって広島湾岸工業地域の一角をなす。山陽本線が通じ,山陽自動車道のインターチェンジがある。市域西部は400~600mの丘陵性山地で,そこから流れ出す小瀬川の谷口に古い市街地がある。大竹の名は《続日本紀》天平6年(734)9月16日条に初出,大滝とも書く。江戸時代は広島浅野藩により防長の毛利藩への備えとして,また山陽道の渡船場として重視された。藩政期から小瀬川の清流を利用した和紙生産が行われ,明治・大正時代の最盛期には製紙家は1000戸をこえた。1934年には新興人絹(現,三菱レイヨン)も立地した。第2次大戦後は広大な旧海軍施設跡地に化学系の前記諸工場が誘致され,一躍近代的工業都市へと発展した。90年小瀬川に弥栄(やさか)ダムが建設された。玖波・小方地区および沖合の阿多田島では海面漁業や養殖が盛んである。
執筆者:藤原 健蔵
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