伊牟田村(読み)いむたむら

日本歴史地名大系 「伊牟田村」の解説

伊牟田村
いむたむら

[現在地名]宇土市伊無田いむた

東は松山まつやま村、西北栗崎くりざき村、西は打越うちごし村、南は小曾部こそぶ(現宇土郡不知火町)、東・南・北は平坦で西は高低のある地形。東部を南北に薩摩街道が通じる。村の中央に屋敷やしき北東友田ともだ、東に水深みずふか南東九反坪くたんつぼ、南に南請みなみうけなどの字地がみえる(郡村誌)。慶長国絵図では「伊無田村」とあり、近世は松山手永に属した。正保郷帳では田方二六一石四斗余で「日損所」とあり、畠方九三石五斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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