伊舎堂村(読み)いしやどーむら

日本歴史地名大系 「伊舎堂村」の解説

伊舎堂村
いしやどーむら

[現在地名]中城伊舎堂いしやどう登又のぼりまた

現中城村北部にあり、東は中城なかぐすく湾に面する。南は添石しーし村、北はとうまい村。イシャドーとよばれる。中城なかぐしく間切に属する。絵図郷村帳に中城なかぐしく村とみえる。琉球国高究帳にも中城村とあり、高頭五七石余、うち田三八石余・畠一八石余。いわゆる間切同村であるが、「南島風土記」は、中城間切が世子領になったことを受けて「中城」の字を用いることが禁じられ、伊舎堂村に改称されたとする。中頭の中城間切が世子領となったのは康熙六年(一六六七)だと考えられるので(阿姓前川家家譜など)、村名の変更も同年であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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