伊藤東太夫(読み)いとう とうだゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「伊藤東太夫」の解説

伊藤東太夫 いとう-とうだゆう

1846-1917 明治-大正時代の殖産家。
弘化(こうか)3年生まれ。美濃(みの)太田村(岐阜県南濃町)の庄屋から太田戸長となる。明治10年和歌山から温州(うんしゅう)ミカンの苗を入手急斜面を開墾してミカン園をつくり,同村石津地区の特産となる石津ミカン栽培の基礎をきずいた。大正6年4月18日死去。72歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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