20世紀日本人名事典 「伊藤生更」の解説 伊藤 生更イトウ セイコウ 大正・昭和期の歌人 生年明治17(1884)年 没年昭和47(1972)年 出生地山梨県韮崎市 経歴斎藤茂吉を生涯の師と仰ぎ、昭和10年短歌結社・美知思波(みちしば)を設立、山梨県内の短歌会をリードした。また山を歩き、山芋堀りが好きだったことから“山芋先生”の異名をとる。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「伊藤生更」の解説 伊藤生更 いとう-せいこう 1884-1972 大正-昭和時代の歌人。明治17年6月28日生まれ。母校山梨師範でおしえる。斎藤茂吉にまなび,大正15年「アララギ」同人となる。昭和10年「美知思波」を創刊。山梨の歌壇で指導的役割をはたした。昭和47年7月27日死去。88歳。山梨県出身。本名は基胤。歌集に「草谷」「柴山」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by