伊角村(読み)いすみむら

日本歴史地名大系 「伊角村」の解説

伊角村
いすみむら

[現在地名]温泉町伊角

熊谷くまだに村の南にある。熊谷川の上流域の山間を占め、南は檜尾ひのきお村。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」には「いすミ」とみえ、当地には谷村兵衛二郎殿などが住していた。江戸時代の領主変遷歌長うたおさ村に同じ。郡中惣高(福井家文書)では太閤検地高とみられる古高七九石余。元和三年(一六一七)の宮城豊盛領二方郡高帳でも高は同じで、小物成の山手米一石二斗一升、桑手の綿三七二匁が課せられていた。寛永一六年(一六三九)の知高帳では高一〇二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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