伏古村(読み)ふしこむら

日本歴史地名大系 「伏古村」の解説

伏古村
ふしこむら

[現在地名]河西(かさい)郡芽室町北伏古東(きたふしこひがし)・北伏古南(きたふしこみなみ)・中伏古(なかふしこ)・中伏古東(なかふしこひがし)・上伏古(かみふしこ)・栄(さかえ)・北芽室(きためむろ)・坂の上(さかのうえ)・新生(しんせい)・新生南(しんせいみなみ)・西士狩北(にししかりきた)・雄馬別(おまべつ)・伏美(ふしみ)・東芽室基線(ひがしめむろきせん)・東芽室北(ひがしめむろきた)・東芽室南(ひがしめむろみなみ)、帯広市西十三条北(にしじゆうさんじようきた)・西十三条南(にしじゆうさんじようみなみ)・西十四条北(にしじゆうよじようきた)・西十五条北(にしじゆうごじようきた)・西十六条北(にしじゆうろくじようきた)・西十六条北二―三丁目・西十七条北(にしじゆうななじようきた)・西十七条北一―三丁目・西十八条北(にしじゆうはちじようきた)・西十九条北(にしじゆうきゆうじようきた)・西十九条北一丁目・西二十条北(にしにじゆうじようきた)・西二十条北一丁目・西二十一条北(にしにじゆういちじようきた)・西二十一条北一丁目・西二十一条南(にしにじゆういちじようみなみ)・西二十二条北(にしにじゆうにじようきた)・西二十二条北一丁目・西二十二条南(にしにじゆうにじようみなみ)・西二十三条北(にしにじゆうさんじようきた)・西二十三条北一丁目・西二十三条南(にしにじゆうさんじようみなみ)・西二十四条北(にしにじゆうよじようきた)・西二十四条北一丁目・西二十四条南(にしにじゆうよじようみなみ)・西二十五条北(にしにじゆうごじようきた)・西二十五条北一丁目・西二十五条南(にしにじゆうごじようみなみ)

明治初年(同二年八月から同六年の間)から大正四年(一九一五)まで存続した河西郡の村。北を十勝川、南東を帯広川、北西を美生(びせい)川に囲まれた地帯で、現新生・中伏古辺りまでの肥沃な低地と、その南方、柏の原生林の覆う丘陵地帯からなる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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