休息村(読み)きゆうそくむら

日本歴史地名大系 「休息村」の解説

休息村
きゆうそくむら

[現在地名]勝沼町休息

田草たくさ川を境に綿塚わたづか村の北に位置し、北から西にかけてはおも川を挟んで東後屋敷ひがしごやしき(現山梨市)。久速(「勝山記」文正元年閏一〇月二五日条)・久足(永禄一一年一一月二三日「武田家印判状写」甲州古文書など)・休足(慶長古高帳など)とも記される。地名の由来は日蓮が立寄り、当地でしばらく休息したことにちなむという(甲斐叢記)。「勝山記」の文正元年(一四六六)閏一〇月二五日条に、当地の日蓮宗立正りつしよう寺の開山日朝の記載があり、日蓮伝説を背景にした当郷との関係を推測させる。永禄一一年(一五六八)一一月二三日武田信玄が万蔵まんぞう(現甲府市)開山純宗に対して久足のうちで定所務一八貫文を宛行い、その見返りとして相当の奉公(軍役)を命じている(前掲武田家印判状写)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む