日本歴史地名大系 「甲斐叢記」の解説
甲斐叢記
かいそうき
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…後期になってみられる地誌類には野田成方の《裏見寒話》(1752),萩原元克の《甲斐名勝志》(1783)があるが,幕府の内命をうけて1806年に着手され14年に完成した《甲斐国志》は最も基本的史料として代表的なものである。そのほか大森快庵の《甲斐叢記》(1848)や宮本定正の《甲斐の手振》(1850)などがある。甲斐4郡の総人口は1721年(享保6)の29万1168人が,86年(天明6)30万5934人,1872年(明治5)36万0068人という推移を示している。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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