会田神明宮(読み)あいだしんめいぐう

日本歴史地名大系 「会田神明宮」の解説

会田神明宮
あいだしんめいぐう

[現在地名]四賀村会田 宮本

神明しんめい山の松山の前に鎮座する。会田御厨の神明宮で、もと会田盆地(現四賀村)全域の総社であり、旧郷社。祭神は天照皇大神。

享保九年(一七二四)「信府統記」に「神明宮南向 宮本村、舞屋三間一尺・二間一尺五寸、籠宮六間・二間三尺、湯立宮二間・二間半、鳥居アリ、縁起来由知レズ」とある。宮尾山(拝領山)神宮じんぐう(天台宗)があった。

明治九年(一八七六)の「東筑摩郡村誌」には「神明宮村在 東西四十五間三尺、南北五十五間、面積二千五百三坪(中略)、天照大神ヲ祭ル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む