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住友友以 すみとも とももち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

住友友以 すみとも-とももち

1607-1662 江戸時代前期の商人。
慶長12年生まれ。蘇我理右衛門(そが-りえもん)の子。母は住友政友の姉。政友の娘婿で住友家2代。はじめ京都で銅吹き屋を開業。寛永7年大坂に本拠をかまえ,銅精錬,銅貿易を家業とする泉屋住友家の基礎をきずく。また仏教を信仰し,京都清凉寺本堂を建立。寛文2年4月25日死去。56歳。通称は理兵衛。

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朝日日本歴史人物事典の解説

住友友以

没年:寛文2.4.25(1662.6.11)
生年:慶長12(1607)
江戸前期,住友家2代。銅精錬・銅輸出商泉屋住友家の創業者。通称理兵衛。京都の有力な銅吹屋で南蛮吹を開発した蘇我理右衛門(泉屋寿済)の子。母は住友政友の姉。元和9(1623)年大坂内淡路町に銅吹所を開設,寛永7(1630)年淡路町に本店を設置,同13年長堀茂左衛門町に大規模な銅吹所を開設し,大坂の銅精錬業を興隆させその第一人者になる。政友の娘と結婚しその婿養子となる。屋号は実父の泉屋を使用するが寿済の家業は弟忠兵衛が継承する。政友の娘である最初の妻の死後,政友の子息の未亡人と再婚し,友信らを儲ける。当時は政友の男系が健在で,友以は分家であったが,孫友芳の代に政友の男系が絶え,泉屋住友家が本家となり,友以が2代に数えられるようになった。寛永13年寛永通宝の鋳造が開始され銅の輸出が禁止されると幕府に対する解禁の運動に活躍したとされるが,銅輸出再開後の泉屋の躍進振りからみて首肯される。友以は実親らと共に涅槃宗の信者であり,政友とは親戚・姻戚関係だけではなく信仰でも結ばれていた。法華経の写経,嵯峨清凉寺本堂の建立,及意上人像の忌日開帳などに,政友の信仰の継承をみることができよう。大阪谷町の久本寺に友以夫妻の土葬墓がある。<参考文献>住友修史室編『泉屋叢考』7輯,今井典子「近世前期の泉屋住友家と大坂」(『大阪の歴史』34号)

(今井典子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の住友友以の言及

【住友家】より

…近世の商家。住友財閥の前身。住友家は,2代友以(とももち)が京都で銅商泉屋を興し,1620年代から大坂を本拠として銅の精錬・輸出と外国品の輸入という家業の基礎を固め,3代友信,4代友芳の時代に諸銅山の稼行,江戸・長崎出店の設置,両替・為替業へ進出して,隆盛期を迎えた。また事業上の担保として家屋敷数十ヵ所を所有するとともに質地の流れ込んだ山本新田などの田畑を経営し,幕末には別子銅山の近辺で飯米用の新田を開発した。…

※「住友友以」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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