住吉屋町(読み)すみよしやちよう

日本歴史地名大系 「住吉屋町」の解説

住吉屋町
すみよしやちよう

[現在地名]東区住吉すみよし

東横堀ひがしよこぼり川東岸の農人橋材木のうにんばしざいもく町の南に延びる二筋の町で、同町との間を久宝寺橋きゆうほうじばし筋が通り、同川に久宝寺橋が架かる。町名は当町の開発町人の名にちなみ(三郷惣年寄家筋書「大阪市史」所収)、当初住吉屋藤左衛門すみよしやとうざえもん町と称したという(初発言上候帳面写)。同人は元和八年(一六二二)南組惣年寄となり、二代・三代と務めたが、四代藤左衛門は元禄一一年(一六九八)堀江惣年寄を兼ね、同一六年北組惣年寄となった(前掲家筋書、「川方地方御用覚書」大阪市史編纂所蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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