佐々木岩次郎(読み)ササキ イワジロウ

20世紀日本人名事典 「佐々木岩次郎」の解説

佐々木 岩次郎
ササキ イワジロウ

明治〜昭和期の建築家 帝室技芸員



生年
嘉永6年(1853年)

没年
昭和11(1936)年12月29日

出生地
山城国(京都府)

経歴
明治2年田中平兵衛・木子棟斎に師事して神社仏閣の建築技術を習得し、29年内務省古社寺保存計画嘱託となる。43年日英大博覧会東京館設計監督のため渡英し、大正6年から帝室技芸員を務める。主な事蹟としては京都東本願寺本堂の再建、芝増上寺大殿の完成(昭和10年)があり、また嵐山法輪寺の多宝塔は最も心血を注いだ会心の作といわれる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「佐々木岩次郎」の解説

佐々木岩次郎 ささき-いわじろう

1853-1936 明治-昭和時代前期の建築家。
嘉永(かえい)6年生まれ。田中平兵衛,木子棟斎(とうさい)に神社仏閣の建築技術をまなぶ。明治29年内務省古社寺保存計画嘱託。大正6年帝室技芸員。京都東本願寺本堂を再建した。作品に嵐山法輪寺の多宝塔など。昭和11年12月29日死去。84歳。山城(京都府)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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