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佐々木氏頼 ささき うじより

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐々木氏頼 ささき-うじより

六角氏頼(ろっかく-うじより)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

ささきうじより【佐々木氏頼】

1326‐70(嘉暦1‐建徳1∥応安3)
南北朝時代の武将。近江守護佐々木(六角)時信の嫡子で幼名千寿丸。法号崇永。父時信の跡を継いで,建武年間(1334‐38)より1351年(正平6∥観応2)6月まで,および54年(正平9∥文和3)10月から死没する70年6月まで,近江守護職にあった。晩年には,幕府の引付頭人となり,幕政の一端を担った。なお,湖東の永源寺は,1361年(正平16∥康安1)に氏頼が,寂室元光を開基として建立した禅刹で,氏頼の法号崇永の〈永〉と源氏の〈源〉をもって寺号としたものという。

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世界大百科事典内の佐々木氏頼の言及

【永源寺】より

…創建時は飯高山と号し,寺号は山上寺ともいう。佐々木氏頼は愛知(えち)川渓谷高野の幽境に後光厳院の勅を奉じて伽藍を営み,1361年(康安1)寂室元光(1290‐1367)を開山に請うて開創し,翌年愛智郡山上郷熊原村を寄進して寺領とした。寺領は将軍足利義満,義持,義政などが安堵し,また佐々木氏は夫役諸公事課役等を免除して経済的保護を加えた。…

※「佐々木氏頼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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