永源寺(読み)えいげんじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

永源寺
えいげんじ

滋賀県南東部,東近江市東部の旧町域。鈴鹿山脈の西斜面,愛知川上流域を占める。 1955年市原村,永源寺村が合体して町制。 2005年八日市市,五個荘町,愛東町,湖東町の1市3町と合体して東近江市となった。大部分は山地で,古くから林業が行なわれた。愛知川支流御池川流域の政所は茶の産地。その上流域にある君ヶ畑,蛭谷木地師 (→木地屋 ) 発祥の地として有名。耕地は西部愛知川沿いに開け,米を産する。愛知川の谷口近くにある永源寺は臨済宗永源寺派の本山で,文化財が多く,付近は紅葉の名所。上流に永源寺ダムがある。東部一帯は鈴鹿国定公園に属する。

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デジタル大辞泉の解説

えいげん‐じ【永源寺】

滋賀県東近江市にある臨済宗永源寺派大本山山号は瑞石山、または飯高山。正平15年(1360)に佐々木氏頼が開基、翌年、寂室元光(じゃくしつげんこう)が開山。山上寺。
の一品種。サトザクラの仲間。花は淡紅色の八重咲きで、花柄が垂れているため下を向いている。花弁にしわが寄る。の原木から広がったとされる。

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百科事典マイペディアの解説

永源寺【えいげんじ】

滋賀県永源寺町(現・東近江市)にある臨済宗永源寺派本山。本尊聖観音は世継観音と称される。1361年国守佐々木氏頼が寂室元光を迎えて開創。たびたびの兵火で荒廃したが,1643年,後水尾天皇の勅願により沢庵門下の一糸文守が彦根藩主井伊家の助勢で復興した。紅葉の名所として有名。寂室元光の座像や墨跡などがあり,重要文化財。
→関連項目永源寺[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

えいげんじ【永源寺】

滋賀県神崎郡永源寺町にある寺。臨済宗14派の一つ,永源寺派の大本山。山号は瑞石山。創建時は飯高山と号し,寺号は山上寺ともいう。佐々木氏頼は愛知(えち)川渓谷高野の幽境に後光厳院の勅を奉じて伽藍を営み,1361年(康安1)寂室元光(1290‐1367)を開山に請うて開創し,翌年愛智郡山上郷熊原村を寄進して寺領とした。寺領は将軍足利義満,義持,義政などが安堵し,また佐々木氏は夫役諸公事課役等を免除して経済的保護を加えた。

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大辞林 第三版の解説

えいげんじ【永源寺】

滋賀県東近江ひがしおうみ市にある臨済宗永源寺派の大本山。山号、瑞石山。1361年佐々木氏頼が寂室元光じやくしつげんこうを開祖として開山。境内は紅葉の名所。山上寺。

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世界大百科事典内の永源寺の言及

【永源寺[町]】より

…滋賀県南東部,神崎郡の町。1955年永源寺村と市原村が合体,町制。人口6500(1995)。…

※「永源寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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