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佐久間信恭 さくま のぶやす

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐久間信恭 さくま-のぶやす

1861-1923 明治-大正時代の英語学者。
文久元年4月10日生まれ。佐久間信久の養子。五高,東京高師教授をへて,大阪外国語学校の創立とともに教授となる。その編著「英和中辞林」はひろく学生たちに利用された。大正12年5月1日死去。63歳。江戸出身。札幌農学校卒。本姓は大久保

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

佐久間信恭

没年:大正12.5.1(1923)
生年:文久1.4.10(1861.5.19)
明治大正時代の英語教師,英語学者。江戸深川森下町(江東区)生まれ。実父は幕臣大久保忠恕。佐久間信久の養子となった。明治6(1873)年横浜のブラウン塾に学び植村正久,井深梶之助と同窓。その後札幌農学校に3期生として学んだ。明治17年以来各地で英語を教え,熊本の五高では小泉八雲,夏目漱石と,東京高等師範では上田敏,岡倉由三郎と同僚。その間『会話作文英和中辞林』(1904),『英文難句通釈』(1907),《Industrial English Readers,3vols》(1909)などを著した。綿密な頭脳,丹念な調査,直情的性格から他の英語学者の著作を容赦なく批判して,多くの人と衝突したが,生涯の畏友は井上十吉。墓は四谷舟町の全勝寺。<参考文献>染谷昌代「評伝佐久間信恭」(『学苑』297号)

(加納孝代)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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