佐土原城(読み)さどはらじょう

日本の城がわかる事典 「佐土原城」の解説

さどはらじょう【佐土原城】

宮崎県宮崎市佐土原町上田島字追手にあった山城(やまじろ)で、本丸をはじめ5つの曲輪(くるわ)が階段的に配置された縄張りをしており、最盛期には三層の天守があった。国指定史跡。城は建武年間(1324~36年)に伊東氏の一族・田島休助によって築かれ、日向国の大半を制した伊東義祐(よしすけ)の隠居城となり、義祐によって城の規模も拡大された。1577年(天正5)、伊東氏が島津義久に敗れ豊後(ぶんご)に逃れた後、義久の実弟島津家久が城主となった。1587年(天正15)、豊臣秀吉の九州征伐後も家久が城主となることになったが、豊臣秀長が家久を恐れたため毒殺されたという。1600年(慶長5)には島津豊久(家久の子)が関ヶ原の戦いで戦死して一時天領となったが、その後、島津以久が3万石を領して入封、以後明治まで領した。JR日豊本線佐土原駅から西都行きバスで東春田下車、徒歩約8分。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む