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島津以久 しまづ ゆきひさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島津以久 しまづ-ゆきひさ

しまづ-もちひさ

島津以久 しまづ-もちひさ

1550-1610 織豊-江戸時代前期の大名。
天文(てんぶん)19年生まれ。島津忠将(ただまさ)の子。大隅(おおすみ)(鹿児島県)清水領主となるが,豊臣秀吉による島津領再編で天正(てんしょう)19年種子島(たねがしま)にうつる。慶長8年(1603)徳川家康から島津氏の旧領日向(ひゅうが)(宮崎県)佐土原(さどはら)をあたえられ,鹿児島藩の支藩佐土原藩主島津家初代となる。3万石余。慶長15年4月9日死去。61歳。初名は幸久,征久。通称は又四郎。名は「ゆきひさ」とも。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

島津以久

没年:慶長15.4.9(1610.5.31)
生年:天文19(1550)
安土桃山時代の薩摩(鹿児島県)の武将。島津忠良の子である忠将の嫡子。右馬頭。若くして父を合戦で失ったが,永禄8(1565)年,大隅国帖佐郷を与えられ,さらには,大隅国の要衝清水を襲封。豊臣政権への島津氏の敗北により,種子島氏が薩摩の知覧に移されると,天正19(1591)年,種子島,屋久島,恵良部を領することになり種子島に移った。その後,慶長8(1603)年,関ケ原の戦で死去した島津豊久領の日向国佐土原領が島津氏に移管されるにおよび佐土原に移り,以後,佐土原はこの以久の子孫が継承することとなる。

(福島金治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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