朝日日本歴史人物事典 「島津以久」の解説
島津以久
生年:天文19(1550)
安土桃山時代の薩摩(鹿児島県)の武将。島津忠良の子である忠将の嫡子。右馬頭。若くして父を合戦で失ったが,永禄8(1565)年,大隅国帖佐郷を与えられ,さらには,大隅国の要衝清水を襲封。豊臣政権への島津氏の敗北により,種子島氏が薩摩の知覧に移されると,天正19(1591)年,種子島,屋久島,恵良部を領することになり種子島に移った。その後,慶長8(1603)年,関ケ原の戦で死去した島津豊久領の日向国佐土原領が島津氏に移管されるにおよび佐土原に移り,以後,佐土原はこの以久の子孫が継承することとなる。
(福島金治)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報