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豊臣秀長 とよとみ ひでなが

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美術人名辞典の解説

豊臣秀長

武将。太閤秀吉の異父弟。美濃守、後号大和大納言。初名羽柴小一郎、秀利、幼名小竹。大和郡山城主(大和・紀伊・和泉三国守護百万石を食む)木下氏。従二位権大納言。天正19年(1591)歿、52才。

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世界大百科事典 第2版の解説

とよとみひでなが【豊臣秀長】

1541‐91(天文10‐天正19)
安土桃山時代の武将。豊臣秀吉の異父弟。筑阿弥の子。小一郎,のち美濃守。初め長秀,1585年(天正13)ころより秀長に改めた。1577年以降秀吉の中国征伐に従って頭角をあらわし,但馬竹田・出石城主などとして但馬・播磨経略に努めた。本能寺の変後も秀吉の片腕として山崎の戦賤ヶ岳の戦小牧・長久手の戦に従軍。85年には紀州一揆弾圧後の紀伊経略,秀吉の名代として長宗我部氏を下した四国征伐で大役を果たし,その功により同年閏8月大和・紀伊に和泉・伊賀の一部を加えた100万石を領し,大和郡山を居城とした。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

豊臣秀長
とよとみひでなが

羽柴秀長」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

豊臣秀長
とよとみひでなが

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の豊臣秀長の言及

【郡山城】より

…順慶は大規模な修築に着手し,豊臣秀吉からも大和一国を安堵され,山崎の戦の翌83年には天守を築いて普請をひとまず完成させた。筒井氏の伊賀転封後,85年に豊臣秀長が入り,大和・紀伊・和泉100万石の大名にふさわしく修築した。紀州根来寺の山門を移して城門とし,また奈良中から石の供出を命じた。…

【大和郡山[市]】より

…東部は奈良盆地低部にあたる農業地帯で,佐保川が貫流する。郡山の本格的な発展は,1585年(天正13)豊臣秀長が入り,本格的な築城と城下町経営に着手してからである。近世には柳沢氏15万石の城下町として栄えた。…

【大和国】より

…旧国名。和州。現在の奈良県。
【古代】
 畿内に属する大国(《延喜式》)。添上(そふのかみ),添下,平群(へぐり),広瀬,葛上(かつらぎのかみ),葛下,忍海(おしうみ∥おしみ),宇智(うち),吉野,宇陀(うだ),城上(しきのかみ),城下,高市(たけち),十市(とおち),山辺(やまのべ)の15郡に分かれていた。大和国を地形的にみると,奈良盆地(国中),大和高原(東山中),宇陀,吉野の4地域に分かれる。奈良盆地には13郡が設置され,添上郡と山辺郡の東半部が大和高原に及んでいた。…

※「豊臣秀長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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