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天守/天主 テンシュ

百科事典マイペディアの解説

天守【てんしゅ】

天主,殿守などとも書き,天守閣とも。城郭建築の中心をなす櫓(やぐら)で,戦国時代に居宅の上の望楼が発展し,武備を兼ねて堅固になったものとされる。関ヶ原の戦後,構造的にも発達し,外観は3層と5層が多く,白亜の総塗籠(ぬりごめ)の手法がとられるなど美的要素も多くなった。
→関連項目本丸松山城松山城丸岡城武者窓

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世界大百科事典 第2版の解説

てんしゅ【天守】

城郭の中枢部に建てられた多層の(やぐら)建築。ヨーロッパの中世の城のキープ,ドンジョンなどと呼ばれる塔とくらべられるが,日本の天守は,城が防戦と指揮という軍事機能に加えて,城主の権威の象徴という政治機能を発揮するようになってから形式が確立したので,政治的な性格が強い。政治の拠点としての近世城郭には不可欠の要素となったが,実際は天守のない城や,計画されたが天守台だけ築いて天守は建てられない場合もあった。

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世界大百科事典内の天守/天主の言及

【安土桃山時代美術】より

… 1600年代に入ると建築や美術の数もましてくる。彦根城,姫路城のような桃山天守建築が出現する。障壁画の分野では,当時における金銀の産出量の増加を反映して,金銀の箔や泥をより豊富に用いる傾向が見られ,障壁画は文字どおり黄金時代に入ったかの感がある。…

【城】より

…【村田 修三】
【近世】
 近世城郭の先駆となったのは,松永久秀が奈良の佐保丘陵に築いた多聞(たもん)城(多聞山城)と,織田信長が上洛を果たし,将軍足利義昭のために築いた二条邸,そして1576年(天正4)みずからの居城として築いた安土城である。近世城郭の特徴となる石垣と,その上に建つ白漆喰(しつくい)塗籠建物はすでに多聞城にあり,天守(主)閣は安土城において初めてつくられた。しかしこれらの城は,短期間存在しただけで破壊される。…

※「天守/天主」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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