佐是郡(読み)さぜぐん

日本歴史地名大系 「佐是郡」の解説

佐是郡
さぜぐん

和名抄」に記す上総国海上うなかみ郡佐是郷を中心とした一帯に成立した郡。近世市原郡で、現市原市南部の佐瀬さぜを遺称地とする。上総国を領国支配していたという上総介広常の兄弟には佐是を称する者がおり、寿永二年(一一八三)上総介広常が滅びたあと、佐是郡内矢田やた池和田いけわだ両村は文治二年(一一八六)広常の娘(加々美長清の妻)に与えられている(一月二一日「源頼朝下文写」烟田文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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