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佐貫広綱 さぬきの ひろつな

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐貫広綱 さぬきの-ひろつな

?-? 平安後期-鎌倉時代の武将。
上野(こうずけ)(群馬県)邑楽郡(おうらぐん)佐貫荘をおさめる。治承(じしょう)4年(1180)平氏方として宇治川源頼政とたたかう。のち源頼朝の御家人となり,元暦(げんりゃく)元年以降の源平の合戦に参加。北条政子,源実朝にも近侍した。名は成綱とも。通称は四郎大夫。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

佐貫広綱

生年:生没年不詳
鎌倉前期の武士。藤原秀郷の後裔を称する藤姓足利氏の一族で,広光の子。上野国佐貫荘(館林市)を本領として佐貫四郎大夫と称した。治承4(1180)年5月,足利忠綱に属して以仁王・源頼政の追討に従ったが,その後,鎌倉御家人となる。元暦1(1184)年2月の一ノ谷合戦の際は,源範頼の配下にあったが,翌月,近江国蒲生保を私領と号して押領したことを感神院(八坂神社)から訴えられている。建久3(1192)年11月,鎌倉永福寺の池石を畠山重忠らと運んで頼朝を感服させるなど剛力の士として有名であった。その後,兵衛尉を経て右衛門尉に任じている。<参考文献>野口実『坂東武士団の成立と発展』

(野口実)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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