依井庄(読み)よりいのしよう

日本歴史地名大系 「依井庄」の解説

依井庄
よりいのしよう

鎌倉期から戦国期にかけてみえる庄園。現依井・野町のまち新町しんまち一帯に比定される。承久二年(一二二〇)に山城石清水いわしみず八幡宮検校祐清と推定される人物から田中女房に宇佐宮弥勒寺領「秋月依井庄」が譲与されている(同年一二月日「某譲状」石清水文書/鎌倉遺文四)。仁治三年(一二四二)九月二五日には石清水八幡宮寺別当の家田宝清が、母から譲られた「秋月依井庄」を弟子の権別当宮清に譲与した(「家田宝清処分状」同文書/鎌倉遺文八)。また年未詳の弥勒寺喜多院所領注進状(同文書/大日本古文書四―二)にも喜多きた院領として「依井庄三十丁」がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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