保古山(読み)ほこやま

日本歴史地名大系 「保古山」の解説

保古山
ほこやま

恵那市と中津川市との境にあり、標高九六九メートル。元禄一六年(一七〇三)の東野(ひがしの)村(現恵那市)の村明細帳(依馬文書)では「ぼこ山」と濁り、保古山と龍泉寺(りゆうせんじ)山一帯を萱山・柴山とし、生産物の採集を行い「当村持山にて、他村入相不候御事」と、その権利を述べている。宝永五年(一七〇八)四月から翌年七月、正徳五年(一七一五)一月から享保三年(一七一八)一〇月の再度にわたり、尾張藩領茄子川(なすびがわ)村と岩村藩領東野村が相論を起こしている。現在山頂には民間放送・NHKのテレビ中継所が設置され、中津川市内をはじめ、恵那郡の町村、木曾の御嶽(おんたけ)山、木曾駒(こま)ヶ岳を眺望することができる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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