保金山跡(読み)ほうきんざんあと

日本歴史地名大系 「保金山跡」の解説

保金山跡
ほうきんざんあと

[現在地名]早川町保

保集落の西方山中に位置し、大金山おおがねやま金山がその代表である。早川右岸や雨畑あめはた川左岸などに多数の金山が点在したが、保金山はこの筋の中心的な金山であった。天文三年(一五三四)六月四日、穴山信友は某に黒桂つづら山と「はう山」(保山)代官を申付けていることから(「穴山信友判物写」甲州古文書)、その頃には創業していたことがわかり、また同一二年五月一日の穴山信友判物(望月誠一家文書)は、村田善九郎・望月善左衛門尉ら六名に「芳山」(保山)の小沢間歩から採鉱することを求め、その地の運営・管理についてはこの六人衆にまかせることをうたっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む