穴山氏(読み)あなやまうじ

改訂新版 世界大百科事典 「穴山氏」の意味・わかりやすい解説

穴山氏 (あなやまうじ)

甲斐の中世武士。武田氏の一族。南北朝時代に甲斐守護武田信武の子義武が,巨摩郡穴山に拠って穴山を称したのに始まる。1418年(応永25)に穴山氏を継いだ武田信介は,南部氏にかわって河内(かわうち)に進出,信友(1504-60)の代に居館を南部から下山移し河内領の一円を支配。ついで信君(梅雪)は駿河江尻城主として庵原郡一帯を兼帯し,武田氏の親族として大きな勢力をもった。その子勝千代が1587年(天正15)16歳で没し,家は断絶
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