倉墻麻呂(読み)くらかきの まろ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「倉墻麻呂」の解説

倉墻麻呂 くらかきの-まろ

?-? 飛鳥(あすか)時代の武人
壬申(じんしん)の乱(672)で大海人(おおあまの)皇子(天武天皇)側に属し,将軍大伴吹負(おおともの-ふけい)の指揮下でたたかう。河内(かわち)から攻めてきた大友皇子方の軍をむかえうつため,坂本財(たから)らと300の兵をひきいて大和竜田(たつた)(奈良県生駒(いこま)郡)をかためた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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