健軍陣内城跡(読み)けんぐんじんないじようあと

日本歴史地名大系 「健軍陣内城跡」の解説

健軍陣内城跡
けんぐんじんないじようあと

[現在地名]熊本市水源一丁目

健軍丘陵末梢部に位置するが、第二次世界大戦中に城跡は三菱航空機工場の社宅となり、戦後泉丘小学校建設により削平されたため、ほとんど遺構は確認できない。嘉禄三年(一二二七)阿蘇神社から分れた健宮たけみやの大宮司が居城として築城したといわれる(古城考)。正平一一年(一三五六)阿蘇家の家臣光永惟富が益城ましき津守つもり(現上益城郡益城町)から入城し、以後光永氏の居城となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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