側島村(読み)そばじまむら

日本歴史地名大系 「側島村」の解説

側島村
そばじまむら

[現在地名]関市側島

長良川といま川に挟まれた川中島(保戸島)の南西部の村。山県やまがた郡に属し、東は下白金しもしろかね保明ほうみよう組。古くは別島ともいった(山県郡志)慶長郷帳では村高一九一石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳には幕府領とみえ、以後幕末に至る。正保郷帳には則島村と記され、畑方一九〇石余。文化一二年(一八一五)の村明細帳によれば、田方一一三石余(一〇町一反余)・畑方一一六石余(一三町三反余)、家数八〇(うち高持七〇)・人数三六三、馬九、小物成米一石余を納め、運上鉄砲一があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む