光海神社(読み)こうかいじんじや

日本歴史地名大系 「光海神社」の解説

光海神社
こうかいじんじや

[現在地名]竹原市吉名町 宮条

平地に孤立する土居どい城跡のある山の南麓に鎮座するが、新開の進まない江戸時代初期までは海に臨んだ神社であった。石清水いわしみず八幡宮を勧請したと伝え、祭神は応神天皇・玉依姫・神功皇后。旧村社。祭日は八月一四日で、昔はかけの大岩へ神輿御幸があったが、いつの頃からか絶えた。

勧請年月は不明であるが、正和五年(一三一六)一一月一八日の「右意趣志者為 当吉名村御本家并公文・御地頭御代官 御息災延命増長」と記す棟札が残る(市指定重要文化財)。また小早川隆景は天文八年(一五三九)六月この八幡宮に百韻連歌を奉納、弘治三年(一五五七)一一月にも法楽の賦何船連歌、永禄三年(一五六〇)六月にも法楽連歌を奉納しており、いずれも社蔵(市指定重要文化財)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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