光興寺村(読み)こうこうじむら

日本歴史地名大系 「光興寺村」の解説

光興寺村
こうこうじむら

[現在地名]遠野市松崎町光興寺まつざきちようこうこうじ

白岩しらいわ村の北西にあり、さるいし川がほぼ南流する。遠野盆地の西端に位置し、白岩村・当村を経て早池峰はやちね山に向かう道が通る。阿曾沼氏の時代の初期に成立していたと伝える。西にそびえる高清水たかしみず(七九七・七メートル)東麓、護摩堂ごまどう山のうえやま横田よこた城跡がある。名称は当地一帯を横田とよんだことによる。護摩堂城の別称は山名が同城祈願所の護摩堂にちなむといわれ、民家に護摩堂の家号を残す。薬師やくし城とよぶこともあった。文治五年(一一八九)藤原氏が滅亡したのち阿曾沼広綱が源頼朝から遠野一二郷を与えられ、次子の親綱が駒木こまぎに築城し、建保年間(一二一三―一九)横田城を居城とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む