光野村(読み)みつのむら

日本歴史地名大系 「光野村」の解説

光野村
みつのむら

[現在地名]綾部市光野町

上林(かんばやし)川上流域、若狭街道沿いに散在する集落からなる。南は小中(こなか)村、北は栃(とち)村、東西は山が連なるが村の中央部から西に支谷があり、光野峠を経て市志(いちし)村に通ずる。

中世は上林庄の地。村名は天文年間(一五三二―五五)の勧進奉加帳(光明寺文書)に「満野村」とみえるのが早い。村内に十二所(じゆうにしよ)神社があり、永禄一一年(一五六八)八月二五日の銘のある本殿棟札には右に「宮移之時長楽寺光乗院同侍従公両人也、ホウリハ光野村衛門也」、中央に「当村三所権現之宮奉造立所本願光野村権守其外原□船迫尾見光野田谷氏子トモ各々」、左に「大工者□(葛カ)尾ノ大郎左衛門三郎五郎光野々彦次郎也」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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