入立田村・後河原村(読み)いりゆうだむら・うしろがわらむら

日本歴史地名大系 「入立田村・後河原村」の解説

入立田村・後河原村
いりゆうだむら・うしろがわらむら

[現在地名]小田原市入生田(いりうだ)

北は伊張(いはり)山、南を早(はや)川が流れ、東は風祭(かざまつり)村、西は湯本(ゆもと)村(現足柄下郡箱根町)と接し、東海道が東西に通る。近世は小田原藩領。入府田(小田原領西筋村々高ノ帳)、入生田(正保国絵図)、入宇田(風土記稿)とも書く。寛永初期の村高二八石余、家数二一、うち名主一・本百姓五・わきノ者一一など(前記村々高ノ帳)。万治二年(一六五九)の村高四九石余(皇国地誌)。天保初期の家数三〇(風土記稿)。明治九年(一八七六)の家数四二、人数二一一、馬三、人力車一一、荷車一三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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