日本歴史地名大系 「八堂山遺跡」の解説
八堂山遺跡
はちどうさんいせき
[現在地名]西条市福武
この山が信仰のほか戦略的拠点として重要な意味をもっていたことは、暦応元年(一三三八)鳥生貞実軍忠状に「九月廿日御発向西条庄、追籠凶徒於郷得重両城、取陣福武山、致軍忠」とあり、八堂山を含む
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
この山が信仰のほか戦略的拠点として重要な意味をもっていたことは、暦応元年(一三三八)鳥生貞実軍忠状に「九月廿日御発向西条庄、追籠凶徒於郷得重両城、取陣福武山、致軍忠」とあり、八堂山を含む
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