八甫村(読み)はつぽうむら

日本歴史地名大系 「八甫村」の解説

八甫村
はつぽうむら

[現在地名]鷲宮町八甫

東大輪ひがしおおわ村の北にあり、西はわしみや村、村の北を流れるしま(現中川)対岸新井あらい(現栗橋町)地名は八浦とも書かれ、八つの浦があったとも、帆影が八つ見えたことからとも、八ヵ村に囲まれた地から八方と称したともいう。布施美作守景尊に宛てた天正九年(一五八一)から一五年の間と推定される六月三日の北条氏照書状写(武州文書)に「八甫」とみえ、八甫から上流に上る商船三〇艘は咎立てをする必要はないが早く戻ること、また八甫は氏照の当知行なので他の船をむやみに通さず、今後はだれの船かを確認してから通すことなどを申渡しており、関宿せきやど(現千葉県関宿町)古河などと同じく氏照の支配下にあった河岸場であったことが知られる。当地から延慶二年(一三〇九)、元亨四年(一三二四)銘など多くの板碑が発見されている。

田園簿に八浦村とみえ、田高一九七石余・畑高七〇三石余(ただし田畑の合計高は村高と一致しない)ほか野銭永一二三文とあり幕府領。元禄八年(一六九五)の反別寄(文久元年「八甫村諸記録写」霊樹寺文書)によれば、石盛は上田一一・中田九・下田七・下々田五、上畑・屋敷一〇で、ほかは同じく二ツ下り、総反別一一二町余・高八五六石余で、ほかに野銭場一四ヵ所の反当り永一〇〇文、雑木林銭場五九ヵ所の反当り永二五文、草銭場一ヵ所の永一五文となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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