八菅山(読み)はすげさん

日本歴史地名大系 「八菅山」の解説

八菅山
はすげさん

[現在地名]愛川町八菅山・棚沢

中津なかつ川の西にあって、中世以来の修験集落である。天正一九年(一五九一)一一月徳川家康から高六石六斗、寺中不入の寄進状を受け(県史八)、修験五〇戸の年番支配地となった(八菅神社文書、以下同じ)

天保三年(一八三二)正月光勝こうしよう寺が代官江川太郎左衛門に差出した高取調書上によれば、朱印地六石六斗は旗本太田運八郎知行所八菅村の内にあり、この反別は明治四年(一八七一)四月神奈川県へ差出した八菅山領上知書上によれば二町七反歩、うち田一町歩で高二石四斗余・畑一町七反で高四石一斗余である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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