八郎窯跡群(読み)はちろうようせきぐん

日本歴史地名大系 「八郎窯跡群」の解説

八郎窯跡群
はちろうようせきぐん

[現在地名]梁川町五十沢

阿武隈川によって形成された低位砂礫段丘の西側、小支谷によって複雑に開析された丘陵の西および南斜面に位置。一三世紀前半代と推定される瓷器系の中世陶器窯跡群である。窯跡は四基以上と推定され、昭和六〇年(一九八五)に二基の窯跡調査がなされた。二基とも分焔柱を有する地下式窖窯である。出土遺物は片口鉢・甕・壺・皿・紐状陶製品・馬蹄形焼台・駒爪形焼台で、片口鉢が多い。一号窯跡は焼成室の一部、燃焼室の半分、灰原が欠失して遺存全長は約一〇・四メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む