公田法(読み)こうでんほう(その他表記)Gong-tian-fa; Kung-t`ien-fa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「公田法」の意味・わかりやすい解説

公田法
こうでんほう
Gong-tian-fa; Kung-t`ien-fa

中国,南宋末の民田買収政策。理宗の景定4 (1263) 年2月,元軍の南下に対して軍糧の充実を目的とし,賈似道 (かじどう) によって行われた土地政策で,200畝以上所有の地主からその3分の1を強制的に国家が買収して公田とし,これを小作人に貸与して年貢を納めさせ,軍糧に供しようとした。初め全国で 1000万畝,租米6万~7万石を見込み,賈似道みずから1万畝を供出し,浙西から公田買収に着手したが,地主階級の反対にあって,翌5年7月計画を中止した。

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