内之倉新田(読み)うちのくらしんでん

日本歴史地名大系 「内之倉新田」の解説

内之倉新田
うちのくらしんでん

[現在地名]加古川市平荘町上原(へいそうちようかみはら)

神木(こうぎ)村の北に位置する。寛保二年(一七四二)の村明細帳(平荘村役場文書)によると、当新田は寛文元年(一六六一)に成立し、もとは平之(へいの)庄の小畑(こばた)・西山(にしやま)・中(なか)・里(さと)・芝(しば)・山角(やまかど)・神木七ヵ村の立会池であった内之倉池を埋立てて開発したという。田五町五反余・分米九五石余、ほかに田畑五反余・分米二石余、新田畑一町三反・分米六石余。小物成は請林(西原山)運上銀七〇匁、八ヵ村立会池二(権現池・泉池)、弁財天社。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む