内海左太夫(読み)うつみ さだゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内海左太夫」の解説

内海左太夫 うつみ-さだゆう

1795-1869 江戸時代後期の治水家。
寛政7年生まれ。播磨(はりま)八重畑村(兵庫県姫路市)の庄屋。文政12年同村内で溜池開削をはじめ,大蔵谷池の失敗にもくじけず,15年後の天保(てんぽう)15年古戸池を完成。また花田井堰をきずき,猿掛池を改修。その功により名字帯刀をゆるされた。明治2年死去。75歳。名は茂義。号は鯉友。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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