内膳村(読み)ないぜんむら

日本歴史地名大系 「内膳村」の解説

内膳村
ないぜんむら

[現在地名]橿原市内膳町一―五丁目

北八木(きたやぎ)村西部に所在。中世には新口(にのくち)庄の飛地があった(→新口庄)。「多聞院日記」天正二年(一五七四)二月二三日条に「今日未剋ニ、十常(十市常陸介)ヨリ自身内膳之城ヲ被打果了」とある。

文禄四年(一五九五)の検地帳(天理図書館蔵)では田畠二七町五反一〇歩、分米三七二・〇九石。検地奉行は増田長盛。近世初頭は旗本鈴木重吉領。慶長七年(一六〇二)子重時が所領三千三〇〇石余を継ぐ際、弟重勝に三〇〇石(内膳村で一〇〇石)を分与。同一二年重時の子重春に子がなく断絶し幕府領(代官間宮三郎右衛門)に編入、元和五年(一六一九)郡山藩(松平忠明)領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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