内藤政韶(読み)ないとう まさつぐ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政韶」の解説

内藤政韶 ないとう-まさつぐ

1776-1802 江戸時代後期の大名。
安永5年2月3日生まれ。内藤政陽(まさあき)の子。内藤政脩(まさのぶ)の養子となり,寛政2年日向(ひゅうが)(宮崎県)延岡(のべおか)藩主内藤家4代。植物方をもうけて杉などを植林し,用水路をひらいて土地開発をすすめた。また古墳発掘をおこない,「集古採覧」などに記録した。享和2年7月30日死去。27歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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