内藤政陽(読み)ないとう まさあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政陽」の解説

内藤政陽 ないとう-まさあき

1739-1781 江戸時代中期の大名。
元文4年5月19日生まれ。上野(こうすけ)(群馬県)安中藩主内藤政里の次男。内藤政樹(まさき)の養子となり,宝暦6年日向(ひゅうが)(宮崎県)延岡(のべおか)藩主内藤家2代。明和5年学寮(学問所),武寮(武芸所)を創設した。天明元年閏(うるう)5月24日死去。43歳。著作に「延陵侯詩画稿」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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