内遠野村(読み)うとのむら

日本歴史地名大系 「内遠野村」の解説

内遠野村
うとのむら

[現在地名]鴨川市江見内遠野えみうとの

江見村南西に位置し、伊南房州通いなんぼうしゆうどおり往還が村内を通る。江戸時代は朝夷あさい郡に属した。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録に村名がみえ、高二〇六石余(うち田方一二五石余)、里見氏直轄領。元和六年(一六二〇)東条藩領となる(東条藩領知目録)正保郷帳ではウタウノと訓が付され、高二三八石余、うち田方一四八石余・畑方八九石余、同藩領。元禄五年(一六九二)同藩主西郷氏の移封に伴い幕府領となる。同一〇年旗本本多領となり、幕末に至る(「寛政重修諸家譜」・元文村高帳・旧高旧領取調帳など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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